2008年02月05日
立春 鷲の巣立ち
昨日の節分暦会はおかげさまで無事終了。
あれもこれもと欲張りすぎた感じもあったけど、まずは出発。
「大切なことは、出発することだった」星野道夫さん
参加者は昨日の銀河の音と同じく、自分と美香と愛と合わせて12名。
50代の男性から20代半ばの男性女性まで、内地出身が自分を入れて4名、その他はウチナーンチュの方々でした。
KIN246 白い水晶の世界の橋渡し。
話の内容を簡単に言えば、沖縄の人こそ旧暦を使おう!
みたいな感じ(ちょっと端折りすぎ?)。
マイミクのお~しゃんさんのフォローもいただきながら時間を1時間オ
ーバーして、六時の音楽と同時にちょっと長い(?)瞑想で終わりました。
暦が沢山あるように、その人その人で世界が違う。
何ものかに操作されるのではない、それぞれの時間。
それをほんのちょっぴりお互いに「橋渡し」し合えたのかなって思いました。
そういえば、昨日の夜のテレビは沖縄の特集を二つもやっていたなあ。
西表のお祭りの番組ではまーちゃんが出てましたね。
ともに生活を紡いで行く中で少しずつ形は変わり、紆余曲折もあるけれど、
伝えられていくスピリットを感じました。
もう一つの番組は、浜下り(旧暦3月3日)あたりに現れる幻の大陸八重干瀬。
沖縄旧暦宣言!!の日にふさわしいテレビでした。
本日は立春。
暦師カイチ君から届けられた地球暦によると20:00丁度に
地球は太陽に対して315度を無事通過したそうです。
と同時に、鷲のウェイブスペルの13日間の最後の日。
「鷲」の紋章のエッセンスはビジョン。
朝も昼もテレビで知床の様子のドキュメンタリーをやっていて、
どちらも、オジロワシが出てくる。
そのオジロワシは本来シベリアから渡ってきて春になるとまたシベリアやカムチャツカに
帰るのだが、その内の一部は知床に定着していて、 そのカップルが雛を育てる物語。
雛たちは、初めは自分では何も出来ず、ただ親鳥が運んでくる餌を食べるだけ
(どこかのお家のマナさんみたい)。
でも親鳥が次第次第に巣離れを促すような行為をしていく。
餌を直接巣に持っていかず、わざと近くの枝に止まったままだったり。
或いは、巣の近くまで飛んで来て置いて、いきなり海に向かって飛んでいったり。
親の愛ですね。
子どもの成長、自立を願う姿にじーんと来ました。
ここで少し話しが飛びます。
母なる地球も、私たちに本当に限りない愛情を注いでくれている。 地球ばかりではない、太陽も、月も、宇宙の全てが実は
私たち一人ひとりを応援してくれている。
まさに、無償の愛。
それにどっぷり浸かってきた俺達はいつしかその愛を当たり前に思うようになった。
こともあろうにその愛を煩わしいものとさえ思い始めた。
思春期によくある行動ですね。
でも、自分が人の親になってわかったのは、子どもの成長を願わない親はいないって言うこと。
(物理的に親にならなきゃわからないという意味ではありませんよ)
もちろん、見かけ上そう見えない親もいるし、虐待なんてこともある。
でも、本来(この辺、完全な性善説です!)大きな愛を受けた存在は、その愛を循環させていく。それは多分、そうせざるを得なくなるんじゃないかな。法則的に。
そして、そんな愛を親から、パートナーから、友達から、食べ物から、お水から、空気から、お日様から、近所のおばあから、コンビニの店員から受けた人はその時必ずハッピーになる。
今日受け取ったジェーングドール・インスティテュートジャパンの通信に有った言葉で、今日は一日ハッピーでした。
「雨の中に立春大吉の光あり」高浜虚子
また話は飛びます。
「学習」という言葉があります。
今でこそ、学校などでのお勉強のことだけを指す感じが強いけど、 本来「学ぶ」とは「まねぶ」、つまり「真似をする」ことで次第に身に付けていくことなんだそうです。「匠」の世界なんて典型的でしょうね。
また、「習う」という漢字にある「羽」は、雛鳥が少しずつ羽ばたきを覚えていくことを表しているらしい。
俺も今まで色々とイタイ目に遭ってきました。 というか、なかなか懲りない。もちろん自分の責任。
最近自分にとっての旬であるホ・オポノポノ(ハワイイの伝統的癒しの技法を現代的にアレンジしたもの。
いずれこの話も書きます。)的に言えば、起こっていることは100パーセント自分の責任。
念のため補足をすると、ここでいう「責任」とは何かを背負い込むことではありません。自分の世界は自分で作り出しているという意味ね。
そうした「イタミ」を通じて、俺も色々と「学習」してきました。 (現在も学習中)
ここからが本日のハイライトの一つ。
ただ、これは決して「学習」するためには「イタミ」が必要不可欠!! という意味ではないと思うんです。
自分の好きな星川淳さんの言葉に
「眼に涙が無ければ、魂に虹は見えない」
というものがあります。
確かにその通りで、我々はそうした痛みを変容させることで「虹」を描いていくことが出来る。
それは素晴らしいことだと思います。
特に自分は沖縄に住んでいるのでこのあたりは切実です。
反対に「イタミの連鎖」も世の中に溢れていますね。
でも、だからといって、涙(うれし涙は別)が無ければ虹が見えないわけではないと、今の俺は思います。
かつて、「眼に涙がなければ魂に虹は見えない」という時代があったと言いたい。
羽ばたく日までは しっかり練習。
でも、羽ばたいた後は風任せ。
風を泳ぐ、ゾクゾクする感触。
疲れたらまた休めばいい。
人間の能力は本来持っているうちの、ほんのちょっとしか使っていないとはよく言われること。火事場の馬鹿力なんてその典型ですね。
ということは、俺達自身の中に「テルマ=埋蔵経」が沢山まだまだ眠っているってこと。
そんなこと出来るはず無い!! とか言う前に、そろそろやってみましょうか。
母なる☆地球の愛に応えるためにもね。
2月7日は旧暦の新年。
最近は旧暦に意識を向けている人も多くて、嬉しい限りです。
その前後に、一つみんなでワークをしてみよう!というお誘いです。
マイミクのたつさん(自分の尊敬するヒーラーです。)の日記を 貼り付けておくので、良かったら見てみてね!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=704348961&owner_id=7662301
(このワークに参加しようと思う人は、是非たつさんの1月11日の日記「新たな発見!」を読んで自分で宣言をしてみてくださいね。)
飛ぶのは怖いけどね。
まあそろそろ飛んでみようかな。
ではみなさん、良い新年をお迎え下さい。
あれもこれもと欲張りすぎた感じもあったけど、まずは出発。
「大切なことは、出発することだった」星野道夫さん
参加者は昨日の銀河の音と同じく、自分と美香と愛と合わせて12名。
50代の男性から20代半ばの男性女性まで、内地出身が自分を入れて4名、その他はウチナーンチュの方々でした。
KIN246 白い水晶の世界の橋渡し。
話の内容を簡単に言えば、沖縄の人こそ旧暦を使おう!
みたいな感じ(ちょっと端折りすぎ?)。
マイミクのお~しゃんさんのフォローもいただきながら時間を1時間オ
ーバーして、六時の音楽と同時にちょっと長い(?)瞑想で終わりました。
暦が沢山あるように、その人その人で世界が違う。
何ものかに操作されるのではない、それぞれの時間。
それをほんのちょっぴりお互いに「橋渡し」し合えたのかなって思いました。
そういえば、昨日の夜のテレビは沖縄の特集を二つもやっていたなあ。
西表のお祭りの番組ではまーちゃんが出てましたね。
ともに生活を紡いで行く中で少しずつ形は変わり、紆余曲折もあるけれど、
伝えられていくスピリットを感じました。
もう一つの番組は、浜下り(旧暦3月3日)あたりに現れる幻の大陸八重干瀬。
沖縄旧暦宣言!!の日にふさわしいテレビでした。
本日は立春。
暦師カイチ君から届けられた地球暦によると20:00丁度に
地球は太陽に対して315度を無事通過したそうです。
と同時に、鷲のウェイブスペルの13日間の最後の日。
「鷲」の紋章のエッセンスはビジョン。
朝も昼もテレビで知床の様子のドキュメンタリーをやっていて、
どちらも、オジロワシが出てくる。
そのオジロワシは本来シベリアから渡ってきて春になるとまたシベリアやカムチャツカに
帰るのだが、その内の一部は知床に定着していて、 そのカップルが雛を育てる物語。
雛たちは、初めは自分では何も出来ず、ただ親鳥が運んでくる餌を食べるだけ
(どこかのお家のマナさんみたい)。
でも親鳥が次第次第に巣離れを促すような行為をしていく。
餌を直接巣に持っていかず、わざと近くの枝に止まったままだったり。
或いは、巣の近くまで飛んで来て置いて、いきなり海に向かって飛んでいったり。
親の愛ですね。
子どもの成長、自立を願う姿にじーんと来ました。
ここで少し話しが飛びます。
母なる地球も、私たちに本当に限りない愛情を注いでくれている。 地球ばかりではない、太陽も、月も、宇宙の全てが実は
私たち一人ひとりを応援してくれている。
まさに、無償の愛。
それにどっぷり浸かってきた俺達はいつしかその愛を当たり前に思うようになった。
こともあろうにその愛を煩わしいものとさえ思い始めた。
思春期によくある行動ですね。
でも、自分が人の親になってわかったのは、子どもの成長を願わない親はいないって言うこと。
(物理的に親にならなきゃわからないという意味ではありませんよ)
もちろん、見かけ上そう見えない親もいるし、虐待なんてこともある。
でも、本来(この辺、完全な性善説です!)大きな愛を受けた存在は、その愛を循環させていく。それは多分、そうせざるを得なくなるんじゃないかな。法則的に。
そして、そんな愛を親から、パートナーから、友達から、食べ物から、お水から、空気から、お日様から、近所のおばあから、コンビニの店員から受けた人はその時必ずハッピーになる。
今日受け取ったジェーングドール・インスティテュートジャパンの通信に有った言葉で、今日は一日ハッピーでした。
「雨の中に立春大吉の光あり」高浜虚子
また話は飛びます。
「学習」という言葉があります。
今でこそ、学校などでのお勉強のことだけを指す感じが強いけど、 本来「学ぶ」とは「まねぶ」、つまり「真似をする」ことで次第に身に付けていくことなんだそうです。「匠」の世界なんて典型的でしょうね。
また、「習う」という漢字にある「羽」は、雛鳥が少しずつ羽ばたきを覚えていくことを表しているらしい。
俺も今まで色々とイタイ目に遭ってきました。 というか、なかなか懲りない。もちろん自分の責任。
最近自分にとっての旬であるホ・オポノポノ(ハワイイの伝統的癒しの技法を現代的にアレンジしたもの。
いずれこの話も書きます。)的に言えば、起こっていることは100パーセント自分の責任。
念のため補足をすると、ここでいう「責任」とは何かを背負い込むことではありません。自分の世界は自分で作り出しているという意味ね。
そうした「イタミ」を通じて、俺も色々と「学習」してきました。 (現在も学習中)
ここからが本日のハイライトの一つ。
ただ、これは決して「学習」するためには「イタミ」が必要不可欠!! という意味ではないと思うんです。
自分の好きな星川淳さんの言葉に
「眼に涙が無ければ、魂に虹は見えない」
というものがあります。
確かにその通りで、我々はそうした痛みを変容させることで「虹」を描いていくことが出来る。
それは素晴らしいことだと思います。
特に自分は沖縄に住んでいるのでこのあたりは切実です。
反対に「イタミの連鎖」も世の中に溢れていますね。
でも、だからといって、涙(うれし涙は別)が無ければ虹が見えないわけではないと、今の俺は思います。
かつて、「眼に涙がなければ魂に虹は見えない」という時代があったと言いたい。
羽ばたく日までは しっかり練習。
でも、羽ばたいた後は風任せ。
風を泳ぐ、ゾクゾクする感触。
疲れたらまた休めばいい。
人間の能力は本来持っているうちの、ほんのちょっとしか使っていないとはよく言われること。火事場の馬鹿力なんてその典型ですね。
ということは、俺達自身の中に「テルマ=埋蔵経」が沢山まだまだ眠っているってこと。
そんなこと出来るはず無い!! とか言う前に、そろそろやってみましょうか。
母なる☆地球の愛に応えるためにもね。
2月7日は旧暦の新年。
最近は旧暦に意識を向けている人も多くて、嬉しい限りです。
その前後に、一つみんなでワークをしてみよう!というお誘いです。
マイミクのたつさん(自分の尊敬するヒーラーです。)の日記を 貼り付けておくので、良かったら見てみてね!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=704348961&owner_id=7662301
(このワークに参加しようと思う人は、是非たつさんの1月11日の日記「新たな発見!」を読んで自分で宣言をしてみてくださいね。)
飛ぶのは怖いけどね。
まあそろそろ飛んでみようかな。
ではみなさん、良い新年をお迎え下さい。
2008年02月01日
暦について 再び
節分暦会のお知らせ
2月3日は節分。文字通り季節の分かれ目ですね。
翌日は立春、そして2月7日は旧正月です。
その節目に合わせて暦会を開きます。
日時:2月3日 日曜日 白い水晶の世界の橋渡しの日
午後13時20分~17時位。
場所:Heart of Earth ( 簡単に言えば私の自宅)
北谷町字桃原5-1 参加費:1300円(お茶、軽食付き)
申し込み:井上まで直接ご連絡ください。
旧暦とは?
最近巷では、13の月の暦やマヤ暦などが、随分一般的になってきました。
それぞれ特徴がありますが、自分は沖縄での暮らしには旧暦がよりふさわしいと
今は思っています。「旧暦」といわれ、何か古臭いもののように思われていますが、
実は月のリズム、海の干満、などの自然と調和した素晴らしいものなのですね。
自然のリズムである旧暦を使わなくなったらどうなるのか。
日本では1873年に旧暦(正式には太陰太陽暦)を現在の暦(グレゴリオ暦といいます)に変更しました。明治以前の日本は封建制度など、旧制度は沢山ありましたが、一方で人々の暮らしは自然に寄り添うものでした。(もちろんそうしなければ生きていけない時代でもありました。)しかし、新暦採用後の日本の変化を見れば、文明開化から始まる近代化によって、人々の暮らしはある意味豊かになった反面、効率、能率重視の世の中になり、自然破壊も急激に進みました。
目を沖縄に転じて見れば、1972年の本土復帰以降、様々な行事や生活の中に残っていた旧暦スタイルがどんどん排除されていきました。今では「ツイタチ、ジュウゴニチ(つまり新月、満月)」を意識することなど、一部のお年寄りを除いて殆どありません。
言い換えれば、県民あげて月のリズム、潮の満ち干き(つまり海のリズム)に無関心になっていったのです。そうなると、当然そうしたものに対する感受性が薄れます。生活の中から海の匂いが消えて行き、埋め立てや伐採などの自然破壊に無関心になります。
また、こうした自然のリズムを元にした旧暦は、当然農作物の植え付けや世話、収穫などにも大きく関係しています。しかし今では季節感の無い野菜がスーパーで売られています。自然とかけ離れた生活は味気なく、気晴らしを求め、様々な刺激を求めるようになります。そしてその刺激が満たされるときは永遠に訪れないでしょう。
自分の時間を取り戻す
このような暮らしにどっぷり浸かったままで、自然と調和した暮らしを取り戻すのは、
なかなか大変なものがあると思います。もちろん、今の暦にはそれなりの利点がありますが、それを絶対的なものだと思い込むのではなく、今まで何も疑うことなく受け入れてきたものを見直し、それらを相対化し、自分の暦、自分の時間を取り戻す。
私たちはそんな時を迎えているように感じます。
古くて新しい時間の旅。
そろそろ始めませんか?
良い時を過ごして行きましょう。 オッパッピー!!
2月3日は節分。文字通り季節の分かれ目ですね。
翌日は立春、そして2月7日は旧正月です。
その節目に合わせて暦会を開きます。
日時:2月3日 日曜日 白い水晶の世界の橋渡しの日
午後13時20分~17時位。
場所:Heart of Earth ( 簡単に言えば私の自宅)
北谷町字桃原5-1 参加費:1300円(お茶、軽食付き)
申し込み:井上まで直接ご連絡ください。
旧暦とは?
最近巷では、13の月の暦やマヤ暦などが、随分一般的になってきました。
それぞれ特徴がありますが、自分は沖縄での暮らしには旧暦がよりふさわしいと
今は思っています。「旧暦」といわれ、何か古臭いもののように思われていますが、
実は月のリズム、海の干満、などの自然と調和した素晴らしいものなのですね。
自然のリズムである旧暦を使わなくなったらどうなるのか。
日本では1873年に旧暦(正式には太陰太陽暦)を現在の暦(グレゴリオ暦といいます)に変更しました。明治以前の日本は封建制度など、旧制度は沢山ありましたが、一方で人々の暮らしは自然に寄り添うものでした。(もちろんそうしなければ生きていけない時代でもありました。)しかし、新暦採用後の日本の変化を見れば、文明開化から始まる近代化によって、人々の暮らしはある意味豊かになった反面、効率、能率重視の世の中になり、自然破壊も急激に進みました。
目を沖縄に転じて見れば、1972年の本土復帰以降、様々な行事や生活の中に残っていた旧暦スタイルがどんどん排除されていきました。今では「ツイタチ、ジュウゴニチ(つまり新月、満月)」を意識することなど、一部のお年寄りを除いて殆どありません。
言い換えれば、県民あげて月のリズム、潮の満ち干き(つまり海のリズム)に無関心になっていったのです。そうなると、当然そうしたものに対する感受性が薄れます。生活の中から海の匂いが消えて行き、埋め立てや伐採などの自然破壊に無関心になります。
また、こうした自然のリズムを元にした旧暦は、当然農作物の植え付けや世話、収穫などにも大きく関係しています。しかし今では季節感の無い野菜がスーパーで売られています。自然とかけ離れた生活は味気なく、気晴らしを求め、様々な刺激を求めるようになります。そしてその刺激が満たされるときは永遠に訪れないでしょう。
自分の時間を取り戻す
このような暮らしにどっぷり浸かったままで、自然と調和した暮らしを取り戻すのは、
なかなか大変なものがあると思います。もちろん、今の暦にはそれなりの利点がありますが、それを絶対的なものだと思い込むのではなく、今まで何も疑うことなく受け入れてきたものを見直し、それらを相対化し、自分の暦、自分の時間を取り戻す。
私たちはそんな時を迎えているように感じます。
古くて新しい時間の旅。
そろそろ始めませんか?
良い時を過ごして行きましょう。 オッパッピー!!

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